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醤油ら~めん
- 2010/02/08(Mon) -
先日嬉しいことがありました
お客様からのご紹介で、ラーメン屋さんを開業される方とお会いして
かんろしょうゆの味を見ていただきました。

27歳のとてもしっかりした方。
よく考えたら嫁にもこんな息子がいても不思議ではないという・・・・
少し味をみてもらっただけでかんろしょうゆを気に入ってくださり
即決してくださいました。

そして先月末に、初めての納品。
それで実際に叉焼を煮込んでみて、思ったとおりのいい感じに煮上がった
と、わざわざお電話を下さいました。
なんて誠実な・・・嫁、感激しました。

5歳と2歳になるハイレベルに可愛い娘さんお二人のパパでもあります。
そのお姉ちゃんが私に、
「お父さんのラーメンもチャーハンも美味しいよ」
って。
最強の応援団

色々お話していると、
やはり、子どもたちに少しでも安全なものをたべさせたいと。
それがお料理の根本になっているようです。
愛情ですね、やっぱり。

せめて微力ながら、友人、知人にお店のことを紹介しておきます。
って言いましたら、こんな私に深々と頭を下げてくださいました。
きっと、必ず、いいお店だと思います。


羅王 2月17日オープンです。
ジャスコ赤穂店、赤穂ロイヤルホテル、ヤマダ電機の
ある通りです。
ぜひぜひ醤油ラーメン、召し上がってください。
嫁も楽しみにしております。

衝撃的に可愛い応援団もお迎えしてくれるかもしれませんよ。
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受験生の母
- 2010/02/01(Mon) -
実はただ今次女が大学受験真っ只中です。
センター試験を無事、インフルエンザにも罹らず受験できて
昨日は某私立大学の試験日でした。
娘にはちょっと疎ましがられながら試験会場まで勝手についていきました。
試験の間、時間をつぶすため、以前に読んだ本をもう一度読み返そうと
老眼鏡持参で待合室で読みました。

感動的な一節・・・というにはちょっと長いですが
読んでみてください。

 吉田直哉さんは、M美術大学の教授である。ある年の夏、数人のスタッフと共にヒマラヤの麓、ネパール
の村に撮影のため十日あまり滞在していた。
 そこは海抜千五百メートルの斜面に、はりつくように家々が散在している村で、
電気、水道、ガスなどのいわゆるライフ・ラインはいっさい来ていない。
他の村と往来するにも自動車はもちろん、手押し車さえ使えないという険しい道しかない、
村人たちは体力の限界まで荷を背負って一本の道を歩む。
子どもたちも、燃料にするトウモロコシの葉の山を背負って運ぶことが大切な仕事であった。
そんな村だから、若者たちは電気や自動車のある町へ出たがっていた。
 この村で撮影するために十五人ものポーターをやとって思い機材や借財を運び込んだ。
余分なものは置いてこなければならない。もちろん、重いビールは諦めて
持って来なかった。
 ところが、大汗をかいて一日の撮影が終わった時、無性にビールが飲みたくなった。
目の前に清冽な小川が流れている。
 「ああ、ここでビールを冷やして飲んだらうまいだろうなあ」
ついポロリと口にすると、それを聞いた村の少年が、
 「ぼくが買ってきてあげる」
という。
 ビールを売っている峠の茶屋までは、大人の足でも一時間半はかかる。
 「だいじょうぶ。真っ暗にならないうちに帰ってくる」
ものすごい熱意で請合うので、それじゃあ頼もう、ということになって四本買える
だけのお金を渡した。
 張り切って飛び出していった少年は、八時ごろ五本のビールを背負って
帰ってきた。
スタッフ全員の拍手に迎えられて。
 次の日。また少年が来て、ビールを買ってきてあげるという。
きのうの甘露の味がよみがえり、一ダース以上買えるだけのお金を渡して頼んだ。
 ところが、少年は夜になっても帰ってこなかった。
事故ではないかと心配して、村人に相談すると、
 「そんな大金をあずけたのなら、逃げたのだ」
と口をそろえて言う。この少年は、一つ山を越えたところにある、もっと小さな村
からこの村に来て、下宿して学校に通っている。
 あくる日も、その翌日も少年は帰ってこなかった。学校へ行って
先生に事情を説明し、謝ると、先生までが、
 「逃げたんですよ」
と言うのである。
 教授は歯ぎしりするほど後悔した。
 「大金を渡したばっかりに、あの少年の一生を狂わしてしまった」
 そして迎えた三日目の深夜。
戸を叩く音に、もしかして、最悪の凶報か、と戸を開けると、
そこに少年が立っていた。
泥まみれでヨレヨレの姿であった。
手に七本のビールを持って。
聞けば、前に買いに走った茶店には三本しか置いてなくて、
山を四つも越した別の峠まで行ったという。
 合計十本買ったけど、ころんで三本割ってしまった、とべそをかきながら
その破片を全部見せ、そして釣銭を出した。
 教授は思わず少年の肩を抱きすくめて泣いた。
そして、あんなに深く、さまざまに反省したことはない、と述べておられる。
            (『ネパールのビール』より)

以上は姫路市網干にある大覚寺の住職、中西玄禮さんの
『風韻抄』
という本の中の一節です。

どうですか?
嫁は、試験会場の待合室だということも忘れて
もしかしたら「うっ」って声がもれたかもしれないほど
涙が出てしまいました。
この他にも沢山感動でこころがあらわれるお話が載ってます。


『信じる』ということについての一節ですが、
試験も無事終わって、会場から出てきた娘。
瞬く間に現実です。
とりあえず、今は、娘にとって一番いい大学にきっと必ず
ご縁があることを信じていましょう。

長っ
今日のつぶやきと、センター試験から、二次の合格通知まで・・・・
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言い訳しません
- 2009/12/31(Thu) -
あろうことか、一年ぶりのつぶやきです。
おかしいほどに、一年があっという間に過ぎました。
嫁は、今年も、われながら家事に子供たちのアシに、そして仕事にと
なかなか頑張ったな・・・・・

と、実は、これまでは、できていない事に目がいき、反省したり
落ち込んだりということが多かった気がしますが、
もうこの歳・・・・(来年年女です
一日の終わりや1年の締めくくりには
今日も頑張ったな、今年も頑張ったな、ありがとう!
と、自分をいたわって次の朝、次の年を迎えてみようかと思いかけています。

さて、社会的には明るいニュースが少ない今日この頃ですが、
今年、嫁の心に強く残っている事のひとつに
宇宙飛行士の毛利衛さんのお話があります。
今年、7月に日本で皆既日食が見られるという出来事がありました。
以前に日本で皆既日食が見ることができたのは46年前だということでした。
(嫁は記憶にございませんくまちゃん´∀`
毛利さんは、まさにその46年前の神秘的な皆既日食をまのあたりにされたことが
今のようなお仕事をされるきっかけになったそうです。
46年前の日本に比べれば、今の日本はあのころ誰も予測できないほど発展し豊かになっていると。
今は暗いニュースが多い状況ではあるけれど、希望を持ちましょう。
とおっしゃってました。

本当にそのとおりだと思いました。
しかも、世界レベルで考えれば、
家があり、ちゃんとお布団で眠ることができ、しかも、食べるものもある。
子供たちには教育をうけさせることもできる。

あるものに感謝して粛々と来年も過ごしていこうとつくづく思います。

最後になりましたが、
今年も一年、嫁はいろんな人との出会いとご縁に恵まれ、いい一年でした。
嫁とヤマツ醤油を応援してくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。
来年も穏やかないい年になるといいですね。

一点、つぶやきが超おろそかになっていることだけは
反省します絵文字名を入力してください
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なんという事でしょう
- 2008/12/31(Wed) -
うすうす気づいていましたが・・・・・
何と!  8月7日以降ブログを更新していませんでした
いくら、苦手とはいえ・・・・穴があったら入りたい・・・・・・

今年最大の反省点として・・・

さて、今年も1年、坪田醤油と嫁を応援してくださった皆様、
ありがとうございました。
今年も、相変わらず地道ではありましたが、無事に今日を迎えることができました。
世間では解雇、不況と深刻な状況ですが、
おかげさまで、坪田醤油、もともと地味な商売なので
バブリーな経験もさほどなく、確かに厳しさは以前より感じておりますが
もう慣れたのか、嫁が鈍感なのか・・・・

多分、来年はますます厳しいことになるんでしょうが
我が家では、今あるものを大切に守って粛々と商売を営んでいくつもりです。

そして、わたくしごとになりますが、
今年は、春に長女が大学進学で家を出て、
秋には母を見送り、一年で子供の成長した喜びと
かけがえのない人を亡くした深い悲しみを味わいました。
今、この深い悲しみを味わったからこそ、いろんな人のやさしさと、いろんな人の
意味深い言葉に支えられている自分に気づいています。
幸せだから感謝するのではなく、感謝できるから幸せなのだと・・・・・

2009年がどうぞ皆様にとって幸せ多い1年になりますように。
そして、坪田醤油と嫁も引き続きどうぞよろしくお願いします。


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予定では・・・
- 2008/08/07(Thu) -
本当なら今日、8月7日は中体連のサッカーの近畿大会で
息子たち、龍野西中サッカー部と一緒に奈良県にいるはずでした。

・・・・予定通りにいきませんでした。
先月末の県大会、準決勝。
対戦するのは、昨年秋の新人戦でも戦った大原中。
その時は5対0で圧勝した相手でした。

実力では決して劣っていないはず・・・・のように
サッカー無知の私ですが、そう感じてました。
ところが、先制点をとられ、前半でやっと同点に持ち込み
後半の先制点は龍野西中。
しかし相手も即、1点を返しました。

「去年のように簡単には勝たせてくれないな。
近畿大会がかかった試合、相手も必死。」
というのが、正直な気持ちでしたが!・・・・・・
相手がゴールの上のポールに当たるきわどいシュート。
あ~、よかった、弾けてそれた!と思って手をたたいて目を開けた瞬間・・・・・
弾けたと思ったボールがゴールに入っていました。

その後、少ない残り時間で同点に持ち込むことはできず、
試合終了のホイッスルが鳴りました。

その場でうずくまり倒れこむ子供たち。
泣き崩れる子供たち。
とても見ていられませんでした。

結果は3対2で敗れ、近畿大会出場はなりませんでした。
去年、先輩中心のチームで全国大会出場を果たしたあとだけに
プレッシャーもあったと思います。

勝てない相手じゃなかった・・・・・
でも負けた・・・・理不尽

そして今日、おなじく龍野市内のもう1つの龍野東中と
龍野西中が敗れた相手、大原中が共に全国大会出場を決めたという情報を聞いて
親子でショック

まあしかし、何はともあれ、ビミョーな思春期を、サッカーに打ち込むことによって
横道に逸れる事もないどころか、ひたむきに努力してきた息子と
この暑い中、感動を与えてくれたサッカー少年たちに心から感謝

息子たちの熱い夏は終わった・・・・・

あ~でもほんとに残念やったなあ~
近畿大会は連れていってほしかったな~





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